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SENDAI アニメライフ
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アニメーション不毛の地、仙台でのアニメ・ライフを、日々書き綴ろうと思います。
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ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Qの展開が斜め上とのこと

2012/11/19 03:11




ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Qの展開が、アニオタの斜め上を行っているとのこと。

まあ、個人的には劇場に足を運ぶつもりはさらさら無いので、関係無いのだけど。

過去、映画館でチケット買って見た「新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生」という映画が尻切れトンボの未完成作だったという苦い経験があるので、庵野秀明という人が作る作品にはカネは払わない事にしている。

TV版のエヴァンゲリオンは途中までは面白かったのだが、最終2話の内容があまりにもアレだったため、劇場版で結末がリメイクされる事になったと記憶している。

ところが劇場公開された「新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生」は途中までしか完成していない未完成品。本来なら映画市場に提供される事すら憚られると思うのだが、厚顔無恥にも当時の関係者は未完成のまま公開してしまったのだ。

まあ、当時のエヴァ人気は凄かったから、それも許されたのだと思うが、映像作品の作り手として恥ずかしくなかったのだろうか。

思うに、もともと庵野秀明という人にはこの作品をテレビシリーズ全26話にまとめる才能がなかったのだろう。

後に劇場公開される「Air / まごころを、君に」のボリュームを考えると、それは明白だ。

ヱヴァンゲリヲン新劇場版は全4部作らしいが、再来年あたりには日本テレビでまとめて観れそうなので、それまではアニオタの喧噪の方をのんびり眺めていようと思う。

そっちの方が面白そうだな。うん。



そういえば、「Air / まごころを、君に」が終わった後に、劇場がシンと静まり返った風景を思い出した。

「面白かった」でも「つまらなかった」でもなく、とにかくみんな無言。

劇場の外に出るエレベーターの中で、一緒に観に行った後輩がぼそっと一言「やられましたね」と漏らしたら、さっきまで一緒に映画を観ていた見ず知らずの人達が一斉にうなずいていて、とても可笑しかったな。








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モンテローザグループで、無茶な「エヴァQ」タイアップ実施中

2012/10/03 00:45
魚民や白木屋を経営する、モンテローザグループで、「エヴァンゲリヲン新劇場版Q」とのタイアップキャンペーンを実施中とのこと。

<参考> モンテローザ×エヴァンゲリヲン新劇場版Qタイアップキャンペーン

画像


なんでも劇場版のエヴァ搭乗者と同姓or同名の人と飲みに行くと、割引してもらえるらしい。

ちなみにエヴァ搭乗者とは、以下5名。

碇・シンジ
綾波・レイ
式波・アスカ・ラングレー
真希波・マリ・イラストリアス
渚・カヲル

で、割引パターンとしては以下4パターンとのこと。

苗字一致→30%OFF
 読み方が同じであれば割引対象

完全一致→50%OFF
 同姓同名の人がいたら半額に!

名前一致→15%OFF
 狙い所!マリさんやアスカさんがいればOK!

御一行様全員一致→77%OFF



まあ、ネタ的なイベントなんだろうけど、ハードル高すぎ

ぶっちゃけ、リアルに職場や友人にいるとしたら、「しんじ」、「あすか」、「まり」ぐらいでしょ。

話題にはなると思うけど、集客アップにはならないんじゃないかな、コレ。








 
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薄桜鬼 黎明録 第12話を見終えて

2012/09/28 02:13
薄桜鬼 黎明録が最終話を迎えた。

原作はアドベンチャーゲームとのことだが、当方そちらの方は未プレイ。予備知識がない分変な先入観を持たずに観ることができた。

ストーリーは新撰組の前身の浪士組が京に上洛したあたりから始まり、後の新撰組局長・芹沢鴨に行き倒れているところを拾われた井吹龍之介の視点で、新撰組の結成〜芹沢の粛正までが描かれている。

前作の「薄桜鬼」、「薄桜鬼 碧血録」は史実をベースにしたフィクションの伝奇モノだったが、黎明録は変若水のくだりを除けば、概ね史実どおりに話が進む。

そのため、ある程度新撰組に詳しい人だと、結末が読めてしまうのがこの作品の難点だ。

実際その通りだったし。

そういう意味では、本作オリジナルキャラクターの井吹龍之介がらみのストーリーを膨らませば、本作なりのオリジナリティーが生まれたと思うのだが、龍之介よりも芹沢鴨の方に物語の軸足があったため、すんなりと物語が史実に沿って閉じてしまった。

龍之介と芸妓の小鈴の話をもっと盛り上げるとか、龍之介の人間としての成長を描くとか、何とかならなかったのだろうか。

結果として、秘密を知りすぎた龍之介は粛正の対象となり、最後は沖田総司の追撃を受けるものの、川に飛び込んで一命を得ることになる。

ただそれは龍之介自身が「なんとしても生きたい」と願った末の結末というよりは、沖田の温情により与えられた命であり、最後に龍之介が何故「生きたいと」強く思うようになったのかは、ぼんやりとしたまま物語は終わってしまう。

あまり龍之介ばかりに焦点をあてると、他の新撰組メンバーが霞んでしまうという事情もわからなくも無いが、本作ではまんべんなくキャラクターに焦点を当ててしまったため、「黎明録」という作品自体の印象が、ひどく薄いものになってしまった。

これは残念だった。

余談だが、maoさんの歌う、エンディングテーマ「花のあとさき」は収穫だった。これは作品のイメージに合った良い歌。





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黒歴史になったガンダムAGE 機動戦士ガンダムAGE49話を見終えて

2012/09/25 02:23
酷い、酷いと言われてきたガンダムAGEがようやく最終回を迎えた。

先に発売されていたガンダムAGEのゲームのシナリオとアニメのエンディングが全く同じだったようで、ネット上では最終回のストーリーはネタバレ済み。





このゲームをこのタイミングで作った奴はバカじゃなかろうか?

前話で、最強の敵キャラだったハズのゼハート+ガンダムレギルスが、スーパーパイロット・アセムに、出撃から1分少々でブッ殺された後から物語はスタート。

再三ゼハートに助けられていながら、最後は情け容赦なく友達を惨殺してしまうアセム・アスノには胸アツだ。

今までちょこちょこ語られてきた、アセムとゼハートの友情物語は何だったのか?

まあ、作り手は何も考えて無いのだろうが。


ゼハート亡き後、ヴェイガンギア(敵の最強モビルスーツ?)+ゼラギンス(敵の大将のクローン)が出撃。そこへなぜかEXA-DB防衛用モビルアーマーの「シド」がどこからともなく飛んできて合体。

全くもって意味がわからない。

最後に「最強の敵現る!!」を演出したかったのだろうが、シド < ゼハート < アセムという関係が直前に語られてしまっているので、既にシド自体が陳腐化してしまっている事に制作者は気づいていないのか。


フリット爺ちゃんは、独自に馬鹿デカいミサイルを持ち出し、ヴェイガンを一般人もろとも皆殺しにしようと画策。孫のキオが邪魔しに来たところで、爺ちゃん突然夢の世界へトリップ!元カノのユリンの幽霊に「許してあげて」と言われ一発改心するという、視聴者の皆さんの誰もが予想していたお約束が展開。

まあ、あのまま行ったらフリットは狂人になってしまうので、改心する事は前々から予想はしていたけど、あまりにもそのまんまの演出で、開いた口がふさがらなかった。


あとはもう、暴走状態になってしまった敵要塞&敵コロニーを救うべく、地球連邦とヴェイガンの共闘というグダグダなストーリーが展開され。ゼラギンスもV−MAXを発動したガンダムFXに粉砕され、めでたしめでたし。


戦後、いずれも戦闘中に失われたハズの「AGEシステム」と「EXA-DB」を使って、火星の気まずい病気が治るようになり、火星に人が住めるようになりましたとさ、37年後にね・・・という無理矢理なナレーションが流れて、EDソングへ突入。

ED終了後には、ガンダム博物館の前に立てられたフリット爺ちゃんの銅像を前に、年取ったアセムとキオが「シブねえじいちゃん」と一言。ほんでもって、この日が丁度開戦から100年目でしたというナレーションで〆。

「いや、37年前に戦争終わってるでしょ、無理矢理100年戦争にこじつけたよ、ゲラゲラ」と、視聴者全員が突っ込みを入れて、終わるという、なんとも締まらないずっこけ作品は、ガンダムシリーズ初ではなかろうか?

最終話の作画監督はキャラクター:千葉道徳氏、メカニック:有澤寛氏と最高レベルの作画スタッフが参加していたんだけどね。

まあ、豪華な食材が揃っていても、シェフが味音痴では、出来た料理はゴミになってしまうという典型だろう。



記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


プリキュア好きは性犯罪者という暴論に声優・池澤春菜らが猛反発

2012/09/14 01:59
児童に対する性犯罪が起こる度、マスコミやら何やらがアニメのせいだゲームのせいだと騒ぐのだけれど、今回はプリキュアがやり玉に挙げられているようだ。

広島県の小6女児の連れ去り事件の小玉智裕容疑者が「プリキュア大好き」というのがその理由のようだが、じゃあプリキュアを見てる大きいお友達は、全員性犯罪予備軍なのかという話だ。

犯罪と映像作品との関連性がクローズアップされたのは、宮崎勤による連続幼女殺人事件からだったと思う。

犯人の部屋にうず高く積まれた膨大な数のビデオテープの映像は、犯行内容の異常性と相まって、鮮烈な衝撃を社会に投げかけたのは間違いない。実際、あんなビデオばっかり観ていたから、こんな恐ろしい犯罪を起こしたのだという意見も何度も耳にした。

だが果たしてそうだろうか?

スプラッター映画を何十本も見たら、実際に人を殺してみたくなるだろうか?

美少女アニメを何十本も見たら、実際に児童を誘拐するだろうか?

「鶏が先か卵が先か」という議論にもなるかと思うが、今回の事件は「小さい女の子が好きで、さらってレイプしてもバレなきゃ問題無い」と思っているバカが、小さい女の子が主人公のプリキュアも好きだったってだけの事だろう。プリキュア観たって、「うわあ、女の子可愛いな、さらってレイプしてぇ」とは思わんでしょ。普通。

実際に犯罪を犯すと言うことは、そこに社会的モラルの欠如というものが確実に存在する。犯罪を論じるとしたら、なぜ犯罪を犯した人間は社会的モラルを習得できなかったかという点に着目する必要があると思う。

まあ、ぶっちゃけ「親が人間として育て損なった」というのが一番の原因だと思いますがね。



<参考>「プリキュア好きは性犯罪者」報道に声優・池澤春菜らが大反発 (EXドロイド 2012.09.12)

広島県の小6女児を連れ去った疑いで成城大学2年の小玉智裕容疑者(20)が逮捕された事件で、6日付の日刊スポーツが「小6女児監禁男はプリキュア好き」という見出しの記事を報じたことに、反発の声が高まっている。

同記事は同級生の証言として「居合同好会の幹事を務めていて、学校にはほとんど来ていなかった。プリキュアが大好きで、趣味は、秋葉原のメイド喫茶通いと聞いた」というコメントを掲載。だが、居合同好会の件は見出しには使われず、プリキュア好きが強調された。

女児向け人気アニメシリーズの通称である「プリキュア」は、変身能力を授かった女子中学生たちと闇の組織との闘いを描き、ターゲットである女児だけでなく“大きなお友達”にも人気がある。同記事は、少女を主人公にしたアニメが好きだったことと容疑者のロリコン癖に関連性があるかのような見出しに感じられる。

これに対し、ネット上では「アニメオタクが犯罪を起こしやすいという印象を与える」「オタクに対して悪意がある」といった批判が噴出した。

有名人も記事批判に参戦し、声優の池澤春菜は自身ツイッターで「……私、成城大。で、プリキュア出てた。でも、だから私も犯罪を犯す可能性が高いかと言うと、そうではない。何が言いたいかというと、そこ、全く関係ないよね?」とコメント。元スノーボード選手でアニオタを公言する成田童夢は自身のブログで「『オタク=犯罪者予備軍』は大きな誤解があるから!!!」と主張し、「…よく考えてみろ…プリキュアシリーズはみんな中学二年生だぞ!!!(一部、中三w)」「プリキュアクラスタは次元の区別がしっかり出来る人!」と記した。

一方、ITベンチャー企業の社長・生島勘富氏は「プリキュアの報道は妥当」と反論。仮説や印象としての「アニメ好きが犯罪を起こす可能性が高い」という報道を否定するならば、相関関係がないことをデータで証明しなければならず、それができないのであれば憤りの声はマイナスにしか働かないと記している。また、「アニメを好む自由」を主張することが「幼児に対して性的興奮を覚える性癖を認めよ」と主張しているように見えるため、幼児性愛者とアニメ好きは別であるとアピールする自浄努力が必要であるとも主張している。

生島氏の意見は偏見によるところが大きいように感じられるが、「自分の気に入らない報道は偏向報道」とする昨今の風潮を批判する声としては一理あるかもしれない。

とはいえ、否定するデータがなければ印象論で報道してもいいという理屈であれば、「黒人は犯罪者が多い」「在日朝鮮人は犯罪者が多い」と報じても構わないことになる。だが、こういった報道をする大手メディアは存在しない。それを実証するデータがあればいいが、単なる印象による報道は悪質な差別になり、差別した側は糾弾されることになるからだ。しかし、アニメオタクは差別されてもネットで騒ぐくらいで実際に報復行動に出ることはなく、メディアにとっては簡単にレッテル貼りをしやすい存在になっている。これが「犯人はプリキュア好き」報道の本質といえるだろう。

日刊スポーツに限らず、東京スポーツでも犯罪心理学者の北芝健氏が、名古屋で起きた女児監禁事件と広島の女児誘拐事件について「前頭葉が未発達で衝動を抑えられないゲーム脳の若者の犯行」といった分析をしている。

おそらく、生島氏は最近のアニメをほとんど見たことがなく、北芝氏はゲームをまともにやったことがないのではないだろうか。差別や偏見の源は無知や無理解である。人間は自分の知らない分野に対して偏見を少なからず持っているものだ。自分にとって謎が多ければ多いほど幻想や妄想を膨らませ、安易に悪のレッテルを貼ってしまう。こういった心理には「○○はイルミナティの陰謀」「○○はユダヤ人の陰謀」といったオカルトに近い思考が働いているといっても過言ではない。

多くの被差別者たちが闘争によって自由を勝ち取り、「差別をなくせ」と誰もが声高に叫ぶような時代になったが、結局は無理解による差別の歴史は繰り返されていくのだろうか。(佐藤勇馬)


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仮面ライダーフォーゼ最終話「青・春・銀・河」の残尿感

2012/08/28 23:17


主人公・如月弦太朗の親友である歌星賢吾は、実はコアスイッチから生まれた存在「コアチャイルド」であることが判明。彼ははコアスイッチを地球に贈った宇宙の意思「プレゼンター」の元へ戻ることになる。

ところがそこへ、ラスボスであるサジタリウス・ゾディアーツ(=学園理事長の我望光明)が現れる。サジタリウス・ゾディアーツは「超新星」によってさらに進化しており、彼の手にかかってコアスイッチは破壊され、賢吾は消滅・・・というのが前話までの流れ。

賢吾の消滅に、悲しみに沈む仮面ライダー部の面々。賢吾から手紙を託されていた城島ユウキは、メンバー一人一人に対する賢吾のメッセージを涙ながらに読み上げる。

・・・と、ここまでは最終回らしい、非常にいい流れで、不覚にもホロリときてしまった。

ただ、ここから先のストーリーは、もう力技というか勢いだけというか・・・。もうちょっと何とかならなかったのだろうか?

まず、今まで全く歯が立たなかったレオ・ゾディアーツに仮面ライダーメテオが圧勝

プレゼンターの元に向かおうとしていたサジタリウス・ゾディアーツは、仮面ライダーフォーゼによって学園に引き戻され、仮面ライダー部の面々から「アンタからは卒業します」と謎の三行半を突きつけられた挙げ句、生身の弦太朗にボコボコに。最後はフォーぜの「ロケットスイッチ」+「ドリルスイッチ」という番組初期の必殺技で、最強のゾディアーツのハズのサジタリウスはあっけなく敗北。

なんでやねん!!

そして、あまりに呆気なく負けてしまって気弱になったのか、我望理事長は突然改心し、弦太朗と友達になってめでたしめでたし・・・って、今までの話の流れとか、我望理事長のキャラを考えてもコレはちょっと強引だろう。

賢吾くんも、改心した我望理事長がコアスイッチを修復(その後理事長は昇天)したことにより復活。まあ、この展開は容易に予想できたのだけれど、いささか演出的にも盛り上がりに欠けた。

大体、この流れって仮面ライダーWでもあったし。(完成度は「W」の方が圧倒的に高いが)




全体的に面白かった仮面ライダーフォーゼだが、最後の最後で軽くコケてしまって残念だ。







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舞い降りる剣 〜 ガンダムSEEDがスーパーロボットになった日

2012/08/22 21:54
HDリマスタープロジェクトにより、現在BS11でリマスター版が放送中の「機動戦士ガンダムSEED」。

先日放送された、PHASE-35「舞い降りる剣」を改めて観たが、この回はガンダムSEEDがリアルロボット路線からスーパーロボット路線に変更になった分岐点なのだと、改めて感じた。

この回より登場した新主人公メカの「フリーダムガンダム」は、核エンジンを搭載しているために補給も不要というスーパーロボット。おまけに大気圏内といえども、自由に空を飛ぶことが可能というイケイケぶり。

作中でも、単独で大気圏に突入したり、全身に装備されたビーム砲を乱射して敵を蹴散らしたりと、八面六臂の大活躍である。

また、フリーダムガンダムを操縦するキラ・ヤマト君も、もともとスーパーコーディネイターと呼ばれる超人。フリーダムガンダムを得た彼は、敵モビルスーツの頭や武器だけを攻撃して、戦闘不能にするという中2な戦法を行い始めるのだ。

作品の世界観が一気に変わった瞬間だ。



これまでなんとか戦争モノの体裁を保っていたガンダムSEEDたが、この「舞い降りる剣」以降、地球連邦軍とザフト軍の戦いは、お互いを滅ぼすための殲滅戦になってしまったり、悪のガンダム(レイダーガンダム、カラミティガンダム、フォビドゥンガンダム)が登場したりと、世界観が一気に単純になってしまう。

まあそのおかげで、「強い主人公ロボ」vs「悪の敵メカ」という、ガンプラプロモーションタイムの図式が明確になり、ガンプラの売り上げも事実伸びたというのだから、制作者サイドとしてはこれでいいのだろうな。

作品としては死んでるけど。

戦争だろうが何だろうが、スーパーマンとスーパーロボがあればオールオッケーというのは、思考停止が過ぎる。










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